2014年9月30日火曜日

61. 素龍・跋文(ばつぶん)

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【現代読み】
(か)らびたるも 艶(えん)なるも 
たくましきも 儚(はかな)げなるも
おくの細道 見もて行くに
(おぼ)えず起(た)ちて 手叩(てたた) 
(ふ)して 群肝(むらぎも)を刻(きざ)
一般(ひとたび)は 蓑(みの)を着る着る 
かかる旅せまほし と思い立ち
一度(ひとたび)は坐して 目のあたり奇景を甘(あま)んず

かくて百般(ももたび)の情に 
鮫人(こうじん)の 玉を翰(ふで)に しめしたり
旅なる哉(かな) (うつわもの)なるかな
ただ嘆(なげ)かわしきは 
こうようの人の いと か弱げにて 
(まゆ)の霜(しも)の 置(お)き添(そ)うぞ

 元禄七年 初夏 素龍(そりゅう)書

【語句】
からびる: 1.枯らびる: 枯淡な趣き。枯れて物さびた風情。 2.涸びる、乾びる: 水気が無くなる。
艶なる: 美しく風情に富む様。 情緒に富む様。
見もて行くに: 読み進めて行くうちに。
群肝を刻む: (群肝は五臓六腑のこと) 心に深い感銘を受ける。
かかる旅せまほし: このような旅をしてみたい。
甘んず: (旅をすることなく、読むだけで) 満足する。

鮫人(こうじん): 人魚の類だが、西洋のマーメイドではない。 南海にありて、泣けば眼より珠(たま)を出すという。
玉を翰(ふで)にしめしたり: (真珠のような)珠(の涙)を「筆に湿(しめ)し」と、「筆に示(しめ)し」を掛けている。
(うつわもの): 才能や器量、またはそうした才能ある人のこと。
こうようの: このような。
眉の霜: 眉毛が白くなり、次第に老い行くこと。
元禄七年 初夏: 「おくのほそ道」の旅から五年後で、初夏は旧暦の四月に当たり、芭蕉はこの年の十月に亡くなっている。 享年五十一歳であった。

素龍(そりゅう): 柏木素龍。 能書家で歌学者でもあった。 元禄五年江戸に下り、芭蕉の門人である野坡(やば)の紹介で芭蕉と知り合う。 「おくのほそ道」の浄書をした人。
(ばつ): あとがき。 奥書き。
 この見事な跋文は、素龍が清書した手作りの本に添えられていたが、元禄十五年に井筒屋から出版された本(いわゆる「元禄版」)では、この後の「奥書き」にもある通り省かれてしまった。
この跋文は、明和年間になってから蝶夢(ちょうむ)によって見出され、「明和版」と「寛政版」に収められた。

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