2014年12月26日金曜日

07. 日光・裏見の滝

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【現代読み】
曾良は河合氏(かわいうじ)にして 惣五郎(そうごろう)と云えり。
芭蕉の下葉(したば)に軒をならべて、
(よ)が薪水(しんすい)の労をたすく。
このたび、松島・象潟(きさがた)の眺め
共にせん事を悦び
(かつ)は羈旅(きりょ)の難をいたわらんと、
旅立つ暁(あかつき)、髪を剃りて、墨染(すみぞ)めにさまを変え、
惣五を改めて宗悟(そうご)とす。
(よっ)て黒髪山の句あり。
「衣更」の二字、 力ありて聞こゆ。

廿余町(にじゅうよちょう) 山を登って瀧(たき)あり
岩洞(がんとう)の頂きより飛流(ひりゅう)して百尺、
千岩(せんがん)の碧潭(へきたん)に落ちたり。
岩窟(がんくつ)に身をひそめ入りて 滝の裏より見れば、
うらみ(裏見)の瀧と 申し伝え侍(はべ)る也。

  暫時(しばらく)は 瀧に籠(こも)るや 夏(げ)の初め

【語句】
芭蕉の下葉: 深川の庵には大きな芭蕉が植えてあり、曾良は芭蕉庵の近くに住んでいたことによる。
薪水(しんすい)の労をたすく: 竃(かまど)に薪(まき)をくべたり、井戸から水を汲んだりと、炊事の手伝いをすること。
 『曾良(そら)何某(なにがし)、此のあたり近く、仮に居を占めて、朝な夕なに訪(と)いつ訪はる。 我喰ひ物いとなむ時は柴(しば)折りくぶる助けとなり、茶を煮る夜は来りて軒を叩く。 性隠閑を好む人にて、交金(まじはりきん)を断(た)つ。 或る夜、雪に訪(と)はれて、
「君(きみ)火を焚(た)け よきもの見せん 雪まろげ」 はせを(芭蕉)』 河合曾良・遺稿「雪丸げ(※雪丸げ=雪玉)

象潟(きさがた): 松島と並ぶ景勝地で、「おくのほそ道」でも松島の風景と対比して描写しており、「おくのほそ道」を東北の旅と限定すれば、第一部は「象潟」で一旦完結している。
旅立つ暁(あかつき)、髪を剃りて: 曾良が剃髪して改名したのは、実際は前年(元禄元年)暮れとのこと。
墨染(すみぞ)め: 黒く染めた僧衣をいう。

廿余丁(町): 一丁は約109m.だから、二千数百メートルほどの距離。
飛流(ひりゅう)して百尺: 李白の詩(「廬山の瀑布を望む」)に 「飛流直下三千尺」 という表現がある。
 一尺は約30cmだから30メートルくらいで、「百尺」と「千岩」を掛けている。
碧潭(へきたん): 碧(濃いあおみどり色)の水をたたえた滝つぼ。

裏見(うらみ)の滝: 日光三名瀑の一つに数えられ、かつては裏に設けられた道からも滝を眺めることができたのでこの名が付いた。 現在は上部の岩が崩落し、裏からは見られなくなっている。
 なお、「曾良旅日記」によると、「四月朔日(前夜より小雨)に御宮(東照宮)を拝見し、其の夜に五左衛門という者の方に宿す。 同二日、天気快晴。うら見の滝、含満が淵(がんまんがふち)見て巡る。」とあり別の日付になっている。

瀧に籠(こも)るや 夏(げ)の初め: 朔日(ついたち)から衣更えということで、季語は夏の初め。
修行僧は夏の雨季の間、夏籠りや夏安居(げあんこ)といって、外出せずに籠って修行したことによる。 実際の夏籠りは旧暦四月中頃からとのこと。




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