2014年12月26日金曜日

06. 日光山(四月一日)

原文 (クリックで拡大)

原文を行書体で書き写したもの (クリックで拡大)

楷書体・振り仮名付き (クリックで拡大)

【現代読み】
卯月朔日(うづき・ついたち)、 御山(おやま)に詣拝(けいはい)す。
往昔(そのかみ)、此の御山を「二荒山」と書きしを、
空海大師 開基(かいき)の時、日光と改め給う。
千歳(せんざい)未来を 悟り給うのか、
今 此の御光(みひかり)一天にかがやきて、
恩沢八荒(おんたく・はっこう)にあふれ、
四民 安堵(あんど)の栖(すみか) 穏やかなり。
(なお) (はばか)り多くて 筆をさし置きぬ。

  あらたうと 青葉若葉の 日の光

黒髪山は霞(かすみ)かかりて、 雪いまだ白し。

  剃り捨てて 黒髪山に 衣更(ころもがえ)  曾良

【語句】
卯月朔日(うづき・ついたち): 旧暦四月一日。 現在なら5月19日頃。
御山(おやま): 日光山のこと。 修験道の霊場ということで、こう呼んでいる。 
二荒山: 音読みで「にこうさん」と、湯桶(ゆとう)読みで「ふたらさん」の二通りの読みがある。
音読みの「にこう」を転じて縁起の良い「日光」の文字に改めたということで、「ふたらさん」の方は「観音の浄土・補陀洛山(ふたらせん)に比したもの」という。→ 日光山

空海大師 開基(かいき)の時: 実際は空海ではなく、延暦(えんりゃく)年間に勝道上人が開いたもので、空海の改名というのも芭蕉の思い違いのようである。
「菅菰抄」にも「空海を日光山の開基とし、及び山名を改めるの事、日光山の記、其外の書にも未だ所見なし」とある。
恩沢八荒(おんたく・はっこう): 「おくのほそ道」以外にこの言葉は出てこないから芭蕉の造語のようで、菅菰抄にある解説を要約してみると、『「恩沢」は慈愛の潤いを言い、「八荒」は四方四隅の遠方のことなり』とあり、仏の慈愛が世界の隅々まで行き渡っているということでしょう。
四民: いわゆる「士・農・工・商」の四階級の民。

剃り捨てて: 曾良は出発の朝に髪を剃って坊主となり、墨染めの僧衣に着替えたということが、次の章で紹介されている。
黒髪山: 日光男体山の別名。 剃り捨てた黒髪に掛けているが、この時の山は雪をかぶって白い。
衣更え: 旧暦の四月一日は衣更えの時期。 曾良作となっているが、芭蕉の代作らしい。



0 件のコメント:

コメントを投稿