2014年12月31日水曜日

01. 序章

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楷書体で振り仮名付き (クリックで拡大)


【現代読み】
月日は百代の過客(かきゃく)にして、行き交う年もまた旅人なり。
舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老いを迎うる者は、日々旅にして旅を栖
(すみか)とす。
古人
(こじん)も多く 旅に死せるあり。

(よ)もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風に誘われて、漂泊(ひょうはく)の思いやまず、
海浜
(かいひん)にさすらへ、
去年
(こぞ)の秋、江上(こうしょう)の破屋(はおく)に 蜘蛛(くも)の古巣を払いて、
やや年も暮れ、
春立てる霞
(かすみ)の空に、白河の関越えんと、
そぞろ神の物に憑
(つ)きて 心を狂わせ、
道祖神
(どうそじん)の招きにあいて 取るもの手につかず、
股引
(ももひき)の破れをつづり、笠の緒(お)付け替えて、
三里
(さんり)に灸(きゅう)すうるより、
松島の月 先づ心にかかりて、
住める方は人に譲り、 杉風
(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移るに、

  草の戸も 住み替る代ぞ 雛(ひな)の家

面八句(おもて・はちく)を 庵の柱に掛け置く。

【語句】
百代の過客: 李白の詩「(そ)レ天地万物之逆旅(旅館)ナリ。光陰(歳月)ハ百代之過客(旅人)ナリ」による。
舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて: 船頭や馬方の生活を指す。
古人も多く: 芭蕉が敬愛し、旅で死んだ詩人、西行宗祇、唐の杜甫李白らのこと。 「おくのほそ道」には西行ゆかりの地が多く、その句も幾つか引用されている。
海浜にさすらへ: 二年前の十月から翌年五月まで、「笈の小文(おいのこぶみ)」の旅で海辺を歩いている。
去年(こぞ)の秋: 前年八月末(現在の10月)に「更級(さらしな)紀行」の旅から江戸の芭蕉庵に戻っている。
江上の破屋: 「隅田川のほとりにあるあばら家」の意、江戸深川にあった芭蕉庵を指す。
やや年も暮れ、春立てる霞の空に: 原文ではわずか一行で冬から春へと季節が変わっている点に注意。
 
白川(白河)の関 陸奥(みちのく)の入り口に当たる関所だが、芭蕉の時代には既に関所は無かったらしい。 歌枕としても知られ、能因(のういん)法師の有名な句 「都をば 霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関」 を念頭に置いているようで、同様に「霞」と「関」を配している。
そぞろ神: 次の「道祖神」と対をなすが、どうも芭蕉の造語らしく詳細は不明。
道祖神: 旅や交通の安全を守る神とされ、現在でも路傍(道端)のどこかで見かけられる。
股引の破れをつづり、笠の緒付け替えて: ほぼ半年に及ぶ長途の旅に出るのだから、普通なら新しい衣服や笠を用意するところ。
三里に灸すうる: 膝頭の下の外側にある窪みで、灸の壷。 そこに灸をすえると脚が丈夫になるということで、これも旅支度の一つ。
松嶋(松島): 日本三景の一つに数えられ、奥州第一の景勝地として知られた歌枕。 月を詠んだ句も多いという。
芭蕉は仙台の俳人・大淀三千風(おおよど・みちかぜ)の著書「松嶋眺望集」で、松嶋への憧憬を深めていたと言われる。 (仙台へ行った時、「曾良旅日記」によると五月五日に三千風を訪ねているが、旅に出ていて逢えなかった)

住める方は人に譲り: 「むすめ持ちたる人に草庵を譲りて」や、「日ごろ住ける庵を相知れる人に譲りて出(い)でぬ」―という文章が残されている。
杉風: 杉山氏で、「杉風(さんぷう)」は俳号。 日本橋の魚問屋・鯉屋の当主で、通称「鯉屋市兵衛」。 最古参の門人の一人で、芭蕉の経済的後援者。
別墅(べっしょ): 別宅。 芭蕉庵の近くで、同じ深川にあった採荼庵(さいとあん)とのこと。
 昨年秋に江戸へ戻ってすぐの九月には、ふるさとの伊賀上野から加兵衛という人物が江戸にやって来て、芭蕉庵に居候(いそうろう)していた。 「加兵衛がこと、寒空に向かい単物・かたびらばかりにて丸腰同然の躰、・・・ まづ春まで手前に置き、草庵の粥など炊かせ、江戸の勝手も見せ申し候」という書簡が残されているから、そうしたことも重荷になっていたのでしょう。

草の戸: 草庵のことで、これまで住んでいた芭蕉庵を指す。
雛の家: 庵を譲った人に娘のいたことから、わびしかった草庵もこれからは雛人形を飾る(華やいだ)家に変わることだろう、ということ。 (次の章での旅立ちは、既に三月三日の雛祭りも終わった弥生二十七日となっている)
面八句: 連句の初表(しょおもて)の八句のこと。 もっとも、この句以外は残されていないことから、実際に連句が詠まれたかどうかは分かっていない。
庵の柱に掛け置く: 連句の書かれた懐紙は、一端を綴じて柱に掛けておくのが当時の慣例だったという。 「庵」は芭蕉庵だから「アン」と読ませる本もあるが、朗読なら「いおり」と読む方が聞き手には分かりやすいでしょう。

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