2014年9月24日水曜日

67. 『おくのほそ道』について

松尾芭蕉の「おくのほそ道」は、元禄二年の春から秋にかけて奥羽から北陸への旅を綴った紀行文ですが、旅のすぐ後に書かれたものではなく、しかも芭蕉の生前には出版されませんでした。

岐阜の大垣で一旦旅を終えた芭蕉は、それからまた舟に乗って「伊勢の遷宮拝まん」と出かけますが、しばらくは江戸に戻っていません。 その後も伊賀上野の生家を始め、近江や京都の門人宅を転々としながら二年ほどを上方で過ごし、やっと江戸に戻ったのは元禄四年の十月二十九日、現在なら12月中頃の初冬になります。

その後もすぐに執筆を始めた訳ではなく、「いつから」ということは文献が無いので分かりませんが、幾つかの草稿で推敲を重ねた後、能書家の素龍が二度目に清書した本の跋(ばつ)には「元禄七年初夏(四月)」の日付があり、表紙に芭蕉自らの手で「おくのほそ道」と外題(げだい)を入れたことからも、それが「決定稿」であるとする現代の見方で間違いないでしょう。 芭蕉はその浄書された「おくのほそ道」を持って五月に伊賀上野の生家を訪れ、「兄の慰みに」とその手作り本を実家に置いてきています。

松尾芭蕉が亡くなったのはその半年後の元禄七年十月のことで、生家にあった素龍・浄書本は遺言により門人・去来のものとなりました。 その時の経緯(いきさつ)は「去来・奥書」に書かれていることなので、ここでは省きます。

芭蕉自身に「おくのほそ道」を上梓(じょうし)する気はなかった様ですが、没後八年ほど経った元禄十五年(1702年)に、去来の持っていた原本を透き写して版にしたものが京都の井筒屋から出版され一般の人でも読めるようになりました。 それがいわゆる井筒屋「元禄版」と呼ばれる初版本ですが、それには「素龍・跋文」は省かれていました。
去来が持っていた原本は、その後人の手から手へと渡り、現在は敦賀の西村家が所有していることから「西村本」と呼ばれています。

井筒屋「元禄版」の奥書には、「真蹟(しんせき)の書、 門人・野坡(やば)が許(もと)に有り」―とありますが、これは素龍が浄書する前の芭蕉・自筆本ということで、通称「野坡(やば)本」と呼ばれているものです。
「草稿の書ゆえ、 文章所々相違す」―と書かれているのはそうした理由で、これは近年(1996年)になって発見され、岩波書店から「芭蕉自筆 奥の細道」として復刻版が出ています。

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木版の文字に比べ、芭蕉の文字の伸びやかさに驚かされ、「これなら素龍に浄書を頼む必要もなかったのでは?」と思うのですが、余命半年の芭蕉には、そうした体力は残されていなかったのかもしれません。
上の画像は序章の部分ですが、「予もいづれの年よりか」の「予も」は未だ入っておらず、逆に「海濱にさすらへ」は「海濱にさすらへ」と、「て」が後から省かれたことが分かります。

自筆本でもう一つ驚くのが、貼紙による修正箇所の多さです。 ほとんどのページに貼紙がしてあり、推敲の跡をうかがわせますが、この復刻本は二千円台でそんなに高くないし、大きめの図書館ならインターネットで検索すれば出てくると思うので、興味があればご覧になって下さい。

320年もの間に人の手から手へと渡り、その間に振り仮名や書き込みなどが入っていますが(上の画像参照)、芭蕉の頃には濁音表記など無かったはずなので、それらは後世の人の手によるものと考えた方が良いでしょう。
この芭蕉・自筆とされる「野坡本(やばほん)」は現在中尾堅一郎氏が所蔵していることから、「中尾本(なかおほん)」とも呼ばれています。

「おくのほそ道」の原本としては、素龍が最初に清書した本として「柿衞本(かきもりほん)」(1960年に発見)があり、全体として仮名書きが多いことから文字の読み方の参考になると言います。(柿衞文庫〈かきもりぶんこ〉所蔵)

もう一冊が曾良の持っていた「曾良本」(1938年に「曾良・旅日記」と一緒に発見)と呼ばれるもので、素龍が浄書する以前に書かれた初期の段階の草稿を筆写したものということです。 

去来が芭蕉の兄から譲り受けたもの(いわゆる「西村本」)が一番完成度が高く、その後に京都の井筒屋から出版された「元禄版」がそれを模写したものだとすれば、それを「おくのほそ道」として読んでいれば良いのでしょう。 後になってから発見されたものは、あくまでも学術的資料ということです。


元禄十五年に井筒屋から出版された初版本は復刻本が幾つか出ていて、大抵は千円台と手頃な価格ですし、図書館でも捜せば何冊か見つかると思います。

元禄版 おくのほそ道」 (雲英末雄・編) 

これは編者所有の「元禄版」を影印(写真画像)で復刻したもので、「読み」は入りませんから、どちらかというと研究者向けで、くずし字では読めないという一般の方向けではありません。


それと、「井筒屋本 おくのほそ道」(成文堂・黄色 瑞華) 

これは写真を白黒二色化にしてあり、上に小さく「読み方」が入るので読みやすいです。
ただ白黒化すると紙の汚れなどが目立つので修正してありますが、芭蕉の筆跡の癖として最後に打つ点がかなり離れた所にあるので(慣れないと傍点に見える)、「出」の字などで汚れと間違えて消している箇所がありました。


「おくのほそ道」が井筒屋から出版されたのは元禄十五年(1702年)と今から312年前ですが、芭蕉自身に出版の意思がなかっただけでなく、完全な原稿も無ければ本人による校訂も入らなかったので、様々な問題を残すことになりました。
文字の読み方一つをとっても「尿」が「しと」か「ばり」かで学者間でも意見が分かれますが、そうした些細なことよりも、これだけの作品がこうした形であれ残されていることの方が、はるかに重要なことだと思います。

「おくのほそ道」の井筒屋本は、初版の「元禄版」から68年後の明和七年(1770年)に、当時38歳の俳人僧・蝶夢の努力によって再版されました。 それは伊賀上野の生家に埋もれていた「去来本の写し」から版を起こしたもので、「元禄版」では省かれていた「素龍・跋文」に加え、「去来・奥書」も付けられています。
これが「明和版」、あるいは「蝶夢本」と呼ばれているものです。
 愛知県立大学図書館コレクション → 「おくのほそ道」明和版・PDFファイル

蝶夢は芭蕉翁七十回忌で大津の義仲寺(木曽義仲の墓所)を訪れた際、寺の荒廃ぶりを嘆き、その再興を誓ったといわれます。 芭蕉の没後69年というと、宝暦十三年(1763年)に当たり、蝶夢はその時三十一歳だったことになりますが、墓所がその有様では「おくのほそ道」も既に過去のものとして埋もれかけていたのかもしれません。 だからこそ、新たな再版が必要だったのでしょう。 現代の我々が持つ「俳聖・松尾芭蕉」というイメージも、芭蕉の作品集や初めての伝記を編纂した五升庵蝶夢という俳僧の尽力に負うところが大きいようです。→ 蝶夢 「芭蕉翁絵詞伝」 全三冊

「明和版」から19年後の寛政元年(1789年)に出版されたのが「寛政版」で、版木が別版なので「明和版」と比べると文字の形が微妙に違いますが、前の版木が擦り切れるほど刷られたということでしょう。
「寛政版」も愛知県立大学図書館コレクションとしてPDFファイルの形で閲覧でき、「明和版」よりも保存状態が良いので、このブログの原文もそれを画像編集して使っています。→ おくのほそ道」寛政版・PDFファイル


「おくのほそ道」には辞書で調べても出て来ない難しい表現が数多くあることから、「奥細道・菅菰抄(すがごもしょう)」(蓑笠庵〈さりゅうあん〉梨一・著)のような専門の解説書まで出来ました。 安永七年(1778年)の発行で「明和版」から八年後ですが、解説書が必要なくらい読まれるようになっていたということでしょう。 逆を言えば、当時から解説無しでは読めなかったことになりますが・・・
「菅菰抄」は現在、岩波文庫版の「おくのほそ道」に付録として載っていますが、漢文混じりのカタカナ表記でかなり読みにくく、現代では「菅菰抄」そのものにも解説か現代語訳が必要となっています。
これも愛知県立大学のコレクションから、上巻・下巻を閲覧することができます。→ 菅菰抄・PDFファイル

「おくのほそ道」を読むのにもう一つ重要な資料となるのが「曾良・旅日記」で、「越後路」のように半月あまりの行程を飛ばしている箇所も、「曾良・旅日記」を読む事により不愉快な出来事が色々あったことが分かるし、日付も今となっては貴重な資料といえるでしょう。
「曾良・旅日記」は「岩波文庫」と「角川ソフィア文庫」の両方に付録として収められています。
旅の途中で行った俳諧興行での俳句をまとめた「曾良・俳諧書留」は、「岩波文庫」に収録されています。

あと、地図に関しては「岩波文庫」と「角川ソフィア文庫」にも簡単な地図が巻末に掲載されていますが、一番詳細な地図が載っているのは「講談社学術文庫」版です。


三冊の文庫本の内容を比較してみると、「井筒屋本」に一番近い形が「岩波文庫」です。
岩波文庫」は注釈が少なく本文の下に簡単な注は付きますが、ほとんどは「→菅菰抄」と菅菰抄に丸投げで、しかも菅菰抄はかなり読みづらいから、注の役目をあまり果たしていません。 45章に分けられています。

角川ソフィア文庫」は送り仮名を増やしたり、漢字を現代表記に改めたり、平仮名の部分を漢字に直したりしているので読みやすいのですが、一番改変を加えているのも角川版です。 底本としている原本は他と同じ「西村本」ですが、「野坡本」、「柿衞本」、「曾良本」 なども参考にしてかなりの変更が加えられているのは、原文と読み比べてみると良く分かるでしょう。 これも本文の下に簡単な注釈が入り、44章に分けられています。
本文の後にかなり詳しい「本文評釈」と「発句評釈」が付くので、より深く学びたい人にも向いていると思います。

講談社学術文庫」は本文が44の章に分けられていて、短い章の後に「現代語訳」と「語釈」と「句解」と「解説」が入るので、古典の参考書としての使い方なら良いかもしれません。 でも肝心の本文が膨大な解説の中に埋没している感があるので、これで「おくのほそ道」を読もうとするとかなり疲れることになります。
現代人にも読みやすいよう送り仮名を増やし、その箇所に傍点が付けられているのは「角川文庫」と同じです。

それぞれ一長一短で「この一冊で完璧」といえる書物はありませんから、何冊かを読み比べてみると良いかもしれません。

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